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岐阜地方裁判所 昭和43年(ワ)25号 判決 1970年6月17日

原告

福井幸之助

ほか一名

被告

株式会社奥村商会

ほか一名

主文

被告らは、各自原告福井幸之助に対し金一〇万円、原告福井きぬよに対し金二〇万三、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四三年一月二七日から各支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその三を被告らの負担としその二を原告らの負担とする。

この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは、各自、原告幸之助に対し金二三万六、六八四円、原告きぬよに対し金三〇万四、五二〇円および右各金員に対する昭和四三年一月二七日から各支払ずみまで各年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告らは、岐阜市殿町五丁目六七番地においてかつ幸食堂の商号で昭和四一年九月まで太洋ビルの一角を賃借して飲食店を経営していたものである。

二、被告奥村は、被告会社に雇われていたものであるが、昭和四二年六月二五日午後零時三〇分頃、被告会社の業務のため、被告会社所有の自動車(ライトバン)を運転し、岐阜市殿町五丁目六七番地の原告ら方店舗前の道路を西に向つて直進するに際し、当時雨が激しく降つていて前面硝子が曇つて見通しが悪く右地点は道幅も狭く六メートルである上、岐阜市中央部柳ケ瀬方向に進中する地域であつて対向車も多く、民家も櫛比する交通の激しくふくそうするところであるため制限速度も時速四〇キロメートルであり、原告ら方店舗の東は同市金園町へ通ずる幅員四メートルの道路があり三差路となつている地点であつたのに昼食のため家路を急ぐ余り徐行、前方注視の義務を怠り慢然西進したため、原告きぬよが原告ら方店舗の前の道路わきに立ち向側の民家へ行こうとして東進する対向車に注意し西方を窺つている一瞬に自車の左前部を衝突させ約三メートルはね飛ばし、原告きぬよに対して加療八五日昭和四二年九月二〇日まで通院を要した前胸部左肩胛関節部および両膝関節附近の打撲症を負わせた。

三、本件事故により原告らの蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  原告幸之助の損害

(1)  休業に伴う減収による損害 金四万円

被害者である原告きぬよは、原告幸之助と共に過去二〇年間に渉り調理業務に従事してきた関係上調理業務について経験豊かな家業専従者であつて、原告幸之助の食堂営業も原告きぬよの助けなしには到底店のきりまわしができない状態であつた。原告きぬよの傷害のため昭和四二年六月二五日より同年七月一日までの八日間休業したので、その間収入がなかつた。過去の実績によれば一日平均五、〇〇〇円の利益があつたので八日間の休業で合計金四万円の減収となつて同額の損害を蒙つた。

(2)  料理材料の腐敗による損害 金三万五、七三四円

本件事故の前日である昭和四二年六月二四日に仕入れた材料は本件事故のため営業不能となつたので使用できなかつた。そのため全部腐敗し、これを廃棄処分しなければならなかつた。(イ)ハムソーセージ、牛、豚、かしわ肉等金一万五、二〇〇円、(ロ)野菜類金一、三三四円、(ハ)鮮魚金一万九、二〇〇円以上合計金三万五、七三四円の損害を蒙つた。

(3)  原告きぬよの代替労力として雇入れた者に対する人件費、食費等による損害 金五万四、七〇〇円

(イ) 原告きぬよの代りとして訴外福井富美江を昭和四二年七月五日から同年八月五日までの三〇日間に日当一日金八〇〇円で雇入れその賃金合計金二万四、〇〇〇円、食費一日金二〇〇円で合計金六、〇〇〇円を支払い、(ロ)訴外福井静子を昭和四二年八月六日から同年八月一六日までの一〇日間右同額の日当で雇入れその賃金合計金八、〇〇〇円、右同額の食費合計金二、〇〇〇円を支払い(ハ)右福井富美江、福井静子はいずれも素人であるため労力の補充が必要であつたため昭和四二年八月一日から同年八月二一日までの二一日間夏休みのアルバイト学生たる福井静子の妹を日当一日金五〇〇円で雇入れその賃金合計金一万〇、五〇〇円、前同額の食費合計金四、二〇〇円を支払い、以上の総合計金五万四、七〇〇円の損害を蒙つた。

(4)  前記(3)の代替労力が未熟のために生じた売上減金一〇万六、二五〇円

(二)  原告きぬよの損害

(1)  薬代 金一、一二〇円

(2)  交通費 金三、四〇〇円

本件事故当日美濃加茂市在住の弟を呼び寄せたタクシー代金二、二〇〇円および通院(六回)のためのタクシー代金一、二〇〇円の合計金三、四〇〇円を支出し同額の損害を蒙つた。

(3)  慰藉料 金三〇万円

四、よつて、被告らに対し各自、原告幸之助は以上の合計金二三万六、六八四円、原告きぬよは以上の合計金三〇万四、五二〇円および右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和四三年一月二七日から各支払ずみまで民事法定率各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、被告会社の答弁、主張として、原告ら主張の請求原因事実中本件加害自動車は被告会社が他から借用しその営業目的に使用していた自動車であることは認めるがその余の事実は全部不知、本件事故当日は日曜日で被告会社は休日であつたが、被告奥村は個人の用事で岐阜市東栄町の友人宅へ立寄つた帰りに引起した事故であつて被告会社の業務上にて運転中に引起したものではないから、被告会社としては損害賠償義務はないと述べ、被告奥村の答弁、主張として、原告ら主張の請求原因事実中原告ら主張の日時場所において原告きぬよが傷害を負つたことは認めるがその余は全部不知または争う。原告きぬよは極めて軽い全治七日間の胸部打撲両膝擦過創を負つたのみで通院の必要も後遺症の心配もなく、自動車事故として取扱えない程度の軽傷であつた。原告きぬよの軽傷から判断しても原告幸之助だけでは営業できない規模の食堂でもなく、その営業状態からしても一度に原告ら主張のような原材料を買掛けるとは認められない。原告らが雇用したとする人件費の点も全部不知、仮に本件事故発生につき被告奥村に過失があつたとしても、原告きぬよにも重大な過失があつた、すなわち被告は本件事故現場の交通状態もよく知つていたし小雨が降つていたので速度も時速三〇キロメートルに減速し事故現場の約二五メートル前で原告きぬよの立止つている姿を見てクラクシヨンを二度鳴し、ブレーキを踏み更に減速したが、原告きぬよは道を横切る様子が全くないのでそのまま減速しながら進行したところ原告きぬよは急に頭の上に小雨を避けるためか手を当てて下方を向いて飛び出してきたので被告奥村は再度クラクシヨンを鳴しながら急ブレーキをかけたが原告きぬよは被告車両の左フエンダー中央カーラジオ用アンテナ附近へ乗りかかるように当り両膝をつくように左側へすべり落ち、すぐ起上つて店の中へ入つていつたが、被告奥村は直ちにその救護に当つた、原告きぬよは小雨が降つているのにもかかわらず横断歩道でもない道路を左右を確認しないで横切つたため本件事故を引起したものであつて、原告きぬよが歩行者として遵守すべき義務を怠らなかつたならば本件事故は未然に防止できた筈である、過失相殺を主張する。また被告奥村は原告きぬよの請求により(1)昭和四二年七月一〇日、同年六月二五日から同年七月一〇日までの治療費およびタクシー代として金五、四六〇円(2)同年七月一六日、同年七月一〇日の治療費金三五〇円、薬代金二、三〇〇円、同年七月一〇日までのタクシー代金八〇〇円合計金三、四五〇円(3)昭和四三年二月一日、昭和四二年七月二七日から同年九月二〇日までの河合医院での治療費として金五、二〇〇円(4)昭和四二年六月二五日から同年八月三日までの間に診断書三通の代金一、五〇〇円以上の総合計金一万五、六一〇円を支払つた、と述べた。〔証拠関係略〕

理由

原告福井幸之助同福井きぬよ各本人の供述によれば、請求原因一の事実が認められる。

請求原因二、の事実中昭和四二年六月二五日午後零時三〇分頃、岐阜市殿町五丁目六七番地の原告ら方店舗前道路において原告きぬよが傷害を負つたことは原告らと被告奥村との間で争いがないので原告らと被告会社との間においてもこれを真実と認むべきである。ところで〔証拠略〕を綜合すると次の事実が認められる。

被告奥村は、被告会社保有の本件加害自動車(ライトバン)を運転し前記場所を時速約三〇キロメートルで西進中、原告きぬよが自車の進路を左から右へ横断しようという態勢で道路左端に佇立し、その左方のみに注意して自車の進行に気付かない様子を左斜前方約二五メートルの地点に認めたが、その動作を充分注視して減速徐行しその安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに警音器を二回鳴らしたのみで原告きぬよはまだ横断しないであろうと安易に考え、速度を時速約二〇キロメートルに減速したのみで進行した過失により、原告きぬよが右道路を横断しはじめたのを約五・五メートル手前で認め、急制動の措置を執つたが及ばず自車の前部フエンダー中央部を原告きぬよに衝突させてボンネツト上に乗り上げしめ約一・五メートル進行して転落させてしまつたことが認められ、右事実によれば本件事故発生については被告奥村に過失のあつたことは明らかであるが、原告きぬよにもまた過失があつたものというべきである。

そうとすれば、被告奥村において本件事故による損害を賠償すべき責任があることもちろんであるが、更に進んで被告会社の責任について検討することとする。

被告奥村が運転していた本件加害自動車は被告会社が他から供用しその営業目的に使用していた自動車であることは被告会社の自認するところであるが、〔証拠略〕によると、本件事故当日は日曜日であつて被告会社は休業していたが、被告奥村は同日午前一〇時頃本件加害自動車を被告会社車庫から持ち出し岐阜市東栄町二丁目一六番地の友人市川幸男の母市川いと子方を訪ね同日正午過まで同家に居た後同市殿町三丁目一一番地松原ビル内の友人遠藤政守と同日右自動車に乗つて犬山市へ遊びにいく約束がしてあつたため同人方を訪れたが、雨が降つてきたため遊びにいくのを取止め同人を同市競輪場附近まで同乗させて同所で別れ、自宅へ帰る途中に本件事故を引き起したこと、被告会社は自動車部品の販売業を営むもので被告会社代表者奥村一夫は被告奥村の父で出資者は右奥村一夫外数名で被告奥村も取締役であり同族会社ともいえる会社であること、被告会社の従業員は被告奥村を含め七名であつて営業用に本件加害自動車のほか小型トラツク一台を保有しているが、女店員一名を除く六名の者が運転免許を受けているので被告会社の業務のため右自動車を交々使用していたこと、被告会社の建物は二階建であるがその一階は店舗兼車庫、事務所、住宅となつていて本件加害自動車は右車庫に保管されていたが、被告会社の自動車の管理、使用に関する監督は被告会社代表者が自らすることになつていたけれども、キーの保管責任者保管場所等も決つておらず本件加害自動車にさし込まれたままになつていたこと、被告奥村は父である被告会社代表者に無断で本件加害自動車を持ち出したものであること、が認められる。以上の事実によると、被告奥村は被告会社に無断で私用のため本件加害自動車を運転したものではあるが、被告会社は外形上本件加害自動車の運行を支配しその運行利益を享受すべき地位にあつたものというべく、被告会社は自賠法三条により本件加害自動車の運行により原告きぬよが傷害を負つたことによつて蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

〔証拠略〕によると、原告きぬよは、本件事故直後岐阜市若宮町一丁目村上病院で胸部打撲両膝擦過創全治一週間との診断を受けたが胸部の痛みが去らないので、更に同市殿町四丁目医師河合達雄により前胸部、左肩胛関節部および両膝関節附近の打撲症との診断を受け昭和四二年九月二〇日まで通院加療したことが認められる。

本件事故によつて原告らの蒙つた損害について考察する。

原告幸之助主張の(1)休業に伴う減収による損害金四万円については、〔証拠略〕によつて認定できる。〔証拠略〕中右認定に反する部分は原告らの各供述と対比してにわかに援用し難く他に右認定を左右しうる証拠はない。

原告幸之助主張の(2)料理材料の腐敗による損害金三万五、七三四円については、〔証拠略〕によつて認定できる。〔証拠略〕も右認定を左右するに足らず他に反証はない。

原告幸之助主張の(3)原告きぬよの代替労力として雇入れた者に対する人件費食費等による損害金五万四、七〇〇円については、〔証拠略〕によつて成立を認めうる甲第一二ないし第一四号証、原告福井きぬよの供述によつて認定できる。反証はない。

原告福井幸之助主張の(4)前記(3)の代替労力が未熟のために生じた売上減金一〇万六、二五〇円については、右原告幸之助の主張に副う原告福井幸之助、同福井きぬよの各供述部分はにわかに措信し難く、他に右事実を確認できる証拠はない。

原告福井きぬよ主張の(1)薬代金一、一二〇円(2)交通費金三、四〇〇円については〔証拠略〕によつて認定することができ、反証はない。

以上の事実によると本件事故によつて原告幸之助の蒙つた損害は合計金一三万〇、四三四円となるが、被害者である原告きぬよの前記過失を斟酌して被告らの原告幸之助に対して賠償すべき額は金一〇万円に減額するのが相当であり、原告きぬよが本件事故によつて蒙つた財産上の損害は以上の合計金四、五二〇円となるが、被害者たる同原告の前記過失を斟酌し被告らの原告きぬよに対し賠償すべき額は金三、〇〇〇円に減額するのが相当である。尚原告きぬよの本件事故による前記受傷による精神的苦痛に対する慰藉料の額は、同原告の前記過失その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮して金二〇万円とするのが相当である。

以上の次第で、被告らは各自原告福井幸之助に対し以上の合計金一〇万円、原告福井きぬよに対し以上の合計金二〇万三、〇〇〇円および右各金員に対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一月二七日から各支払ずみまで民事法定率各年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから原告らの本訴請求は右限度で正当として認容し、他は失当として棄却することとし、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条一項を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫)

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